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草と言葉

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カテゴリ:本( 5 )

詩歌の待ち伏せ

「詩歌の待ち伏せ」という本を読みました。
作者(北村薫さん)が「待ち伏せ」をされているかのように出会った言葉。
その言葉から言葉へのつながりがさまざまな生き様をあぶりだしていきます。
作者ならではの行き届いていてしかも鋭い感性が生きざまを発見していくのは本当に心惹かれます。
さてこの本の中で「オギ」について触れられていました。
荻(オギ)はススキとよく似ていて湿地に生える植物。
荻窪の住人としては気になるところ。
荻は萩と読み間違えることがあって、荻原さんを「ハギワラさん」と呼んで気まずい思いをしたりします。
北村さんも気になったらしく荻と萩をくらべていました。
萩は万葉集では人気者。荻は今も地味ですが万葉集でもさほど歌数は多くありません。
古今集でもその傾向はかわらないそうです。
しかし新古今では萩20首、荻29首と逆転。
国歌大観に載っている総数でも決して荻は少なくないそうです。
荻は「風」とともに歌われることが多いようです。
すすきのような花穂の揺れに風を見たのでしょう。
今荻窪駅の片隅でわずかに揺れる荻。
この植物の履歴もおもしろそうだと思いました。
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by nabana05 | 2009-10-11 05:46 |

地球のかけら

公認ネイチャーゲーム指導員報の『自然案内人』という書籍を見ていたら河原の石を使ったゲームのところにこんなことばが出ていた。
……岩石は地球にある諸々の物質から生まれてきた「地球のかけら」といえますが、考えてみると生物も地球にある諸々の物質から生まれたものという点で、同じような「地球のかけら」であると言えます。(2008.3日本ネイチャーゲーム協会)……
なるほど。そうとらえたことはなかった。
私の父は自然地理を研究しているので家にいつも石があった。
そのせいか宮沢賢治やおじゃるまるのかずま(いっしょにしていいのか?)のように石に魅かれる人がなんとなく気になってはいた。
しかし自分自身石に親しみを覚えることはあまりなかった。
でもたしかに生物と同じく地球の自然が生み出した「桁違いに年上の兄弟」に違いない。
石を見たくなってきた。石に心が開くきっかけになりそうなことばだなーと思った。
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by nabana05 | 2009-03-12 09:45 |

武田花さん

一昨日の晩、暑くて目がさめてしまい、眠れなくなったので
少しだけ焼酎をロックにして飲みながら
さて、本でも読んで眠くなるのを待とうと思い
図書館でふと借りてきた武田花さんの「仏壇におはぎ」
というのを読み始めた。
モノクロの荒れた画面で場末の情景と猫の写真。
エッセイつき、というわけで雰囲気は眠くなりそうだったが、
夜中ほろ酔いで読むにはあまりにマッチした内容で
はまってしまい、目が冴えた。
お客さんのいないさびれた港町などでふとあった変な人たちの
一場面。いや、変な人たちではなく、人はみんな変で、
そこをすくいとっているのだ。
お父さんの武田泰淳さんについても、猫がソファの下に
持ち込んだアジの干物の腐ったにおいを花さんの匂いのせいにしたり、
液体のものをこぼすととても怒ったり、という場面がとりあげられている。
花さんはそれに対して怒るでもなく静かに冷静に懐かしんでいる感じ。
私などが申し訳ないけれど、「さん」と呼びたくなる感覚が残る。
世界としてはつげ義春、人への引っ掛かり方としては内田百閒を思い出したが
いずれよりも明るくカランとしていて狂気の感じがほとんどない。
そしてなんだか楽しくなってくる。
睡眠本にはならないけど、手放したくない一冊だった。
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by nabana05 | 2008-09-02 04:34 |

こうばしい日々

最近江國香織の「こうばしい日々」を読み直した。
主人公は2歳からアメリカに住んでる11歳の少年ダイ。父母とも日本人だが日本語を家庭の中で使わない方針で、ダイの感覚は日本人というよりアメリカ人だ。父は無口、母はかなりアメリカに馴染んでいる。5年前に年の離れた姉が高校を卒業してやってきた。日本からアメリカに来て大人たちにはそれぞれたいへんな葛藤などがあるのだろうが、すべてはダイの目を通して描かれる。
ダイの目は鮮烈な鋭さと年齢ゆえの幅の狭さを持っている。読者はダイの目に沿い、「こうばしい日々」を味わいながらその外に広がる大人たちの奥行きを行間から感じとることができる。
いろいろな方向から味わう事のできる魅力をもった作品。
現代の作家は作者の感性に同調しないとなかなかついていけなくなる作品も多いような気がするけれど、これはそんな心配はいらない。誰でも楽しめるおいしい一品だった。
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by nabana05 | 2006-12-14 04:55 |

おひさまのたまご

この間、図書館で絵本を3冊借りた。どれもみなおもしろかった。
『やさいばたけははなばたけ』(広野多珂子作・絵 佼成出版社)『おまたせクッキー』(ハッチンス作・絵 乾侑美子訳 偕成社)『おひさまのたまご』(エルサ・べスコフ作・絵 石井登志子訳 徳間書店)。
小1の娘のために借りてきたのだが、娘は一べつして、「ふうん、ずいぶんおかあさんぽいのばかりだね」 。とはいえ、娘も『おひさまのたまご』はとても気にいったようだ。べスコフの絵本はどれもいいけれど、これは特に楽しい。森に落ちていたおひさまのたまご(実はオレンジ)。それをめぐって妖精たちやカエルたちがいろいろやりとりをする。それがなんだか自然でほんとに森の片隅でこんなことがありそうな感じだ。太陽をいっぱいあびたオレンジの明るさと芳香が絵本の全体に漂っている。スカスカのオレンジがあるのは妖精たちが中のジュースをわらのストローでちょっと失敬したということだ。柑橘系のスカスカはがっかりだけど、こう考えるとうれしくなる。
これを読んだあとみかんにスカスカのふさがあったので「あ、妖精が飲んだのがある!」と言ったら娘は「ちょうだいちょうだい」と大喜び。
何事も気の持ちようで見方が変わるもんです。
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by nabana05 | 2006-12-12 17:01 |