江戸の人々と水鳥 3



 子供のころ、空にV字の編隊を組んで飛ぶ鳥を見た。
 誰か大人が(たぶん同居していた祖母だった)「あれはカリだよ。かぎになったりさおになったりするんだよ」と教えたくれた。「かぎ」と「さお」が何をさすのかよくわからなかったが、よくわからなかったせいか、頭に残った。「かぎ」がくの字、「さお」は一直線をさすとはっきり知ったのは最近のことだ。
 カモの仲間も同じような飛び方をすることが多いようなので、恐らく雁を見たわけではないのだろう。でも、雁は古くから渡り鳥の代表のように、和歌などに読まれたきた。私の世代でも、雁が渡り鳥の代表というのはなんとなく幼いころからインプットされていたのだ。現代では特定の場所でしか見られない雁だが、まだ季節の風物としての感覚は伝わっているのかもしれない。それはどの世代までだろう。今の中高生が雁を知っているとはあまり思えない。
 さて、江戸時代にはもちろんまだ雁は普通にみられた。明治時代でも森鴎外の小説『雁』には上野不忍池の雁が登場する。
 雁は秋の風物詩。
 初雁においまくれる針仕事(江戸川柳)
 雁の隊列を見ると寒さが近いことがわかる。さあ、たいへんだ、冬支度の針仕事をしなくては、というわけだ。綿入れはんてんなどを上手に作れるのがよいおかみさんの条件であったらしい江戸時代、あたたかい冬物を秋に忙しく縫い上げていたのだろう。
 雁は冬を日本で過ごし、春には繁殖地である北の国に渡っていくのだが、「雁風呂」という言葉がある。昔の人が本当に信じていたのかどうかよくわからないが、こんな話である。
 雁は遠い海を渡るので疲れたときに海の上で休むために小枝をくわえて飛んで来る。日本につくとそれを海岸に置いて湖などに行き、冬を過ごす。そしてまた、日本を去るとき自分が持ってきた枝をくわえていく。つまり残った枝は日本で命を落とした雁のもの。それを集めて炊いてわかした風呂に入って雁を供養したという。
 「雁風呂」がどのくらい普及していたかは調べていないのだが、渡り鳥の命に心を寄せる細やかな感覚を昔の人は持っていたのだろう。

 
by nabana05 | 2005-12-03 06:09 | 自然観察 鳥 その他

東京の片隅で昔ながらの緑を再現することを目指しています。活動の紹介や、地域の自然との出会いを書いています。


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